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最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)571号 判決

主文

被上告人江又三千雄に対する上告を棄却する。

右上告費用は上告人の負担とする。

右上告人山崎充に対する上告につき、原判決を破棄し、本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

一、被上告人江又三千雄に対する上告について。

原判決は、被上告人江又は、原判示売買契約の当事者ではなく、売主たる被上告人山崎の代理人として上告人と契約締結の衝に当つたにすぎないことを認定したものであつて、原判決挙示の証拠によれば、右事実はこれを肯認できなくはない。論旨第一点は、原審がその裁量権の範囲内で適法になした事実の認定ないし証拠の取捨を争うものに帰し、また、論旨第三点は、原審の事実認定に副わない事実を前提とする主張であつて、いずれも採るをえない。

二、被上告人山崎充に対する上告について。

原判決は、被上告人山崎は、かねてから原判示家屋の一部を小林久次郎から賃借し、これを店舗として食堂コロンビヤを経営していたが、昭和二八年三月中上告人との間に右食堂の営業権、家屋賃借権、営業用什器等の売買契約を締結し、同被上告人の代理人江又において売買代金の支払をうけたこと、山崎は家屋賃借権の譲渡につき賃貸人の承諾をえないまま、同月下旬頃上告人に店舗及び営業用什器類を引き渡したが、賃貸人小林は結局右賃借権の譲渡を承諾するにいたらず同人の妻ヨツは同年一〇月頃ついに右店舗を含む本件家屋全部を取りこわしてしまい、店舗の使用は不能となつたことをそれぞれ確定したものである。ところで、賃借権の譲渡人は、特別の事情のないかぎり、その譲受人に対し、譲渡につき遅滞なく賃貸人の承諾をえる義務を負うものと解すべきであり、前記事実関係によれば、被上告人山崎は賃借権の譲渡につき賃貸人小林の承諾をえる義務があるにかかわらず、これをえることができないでいるうちに、本件家屋は取りこわされてしまつたのであるから、本件売買契約のうち家屋賃借権の譲渡に関する部分についての同被上告人の債務は履行不能となつたものというべく、少くとも右部分に関する限り、債務者である被上告人山崎としては、右履行不能が債務者の責に帰すべからざる事由によつて生じたことを証明するのでなければ、債務不履行の責を免れることはできないと解さなくてはならない(大審院大正一三年(オ)第五六九号、同一四年二月二七日判決、民集四巻九七頁参照)。しかるに、原審は、「履行不能となつたことが債務者である山崎の責に帰すべき事由によることについては主張も立証もない」旨判示し、かかる主張及び立証の責任を債権者たる上告人に負わしめ、同人の売買代金返還の請求を排斥したものであつて、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨第二点は、結局その理由があるというべきである。

よつて、被上告人江又に対する上告は、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、これを棄却し、被上告人山崎に対する上告については、民訴四〇七条一項により、原判決を破棄し、本件を原審に差し戻すべきものとし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)

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